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2010年04月21日

艦砲ぬ喰ぇーぬくさー。



こんにちは~。









艦砲ぬ喰ぇーぬくさー。
今日も一日、お疲れ様です。


沖縄もだんだんと暑くなってきました。








艦砲ぬ喰ぇーぬくさー。
熱中症は怖いので、
つむぎさんと歩ける時間帯も、
少しずつ短くなってきましたよ。


=======


今日は、仕事の用事があって、
那覇まで行ってきました。


そのついでに寄ったのですが、
~那覇の新都心にあるTSUTAYAは、でかいです。
CDにDVD、たくさん揃っています。
そこに、

「沖縄音楽」


~と、コーナー設けられていまして。

僕ぁ、そのコーナーの前で
片っ端から探している曲がありました。
結局、見つかりませんでしたが…m(_ _)m


=======


こないだの日曜日に話しは戻るのですが、
僕ぁ、かーちゃんと伯母さんを乗せて清明に出掛けたんですよ。

清明祭の時期柄…だからでしょうか、
ラジオからは、沖縄民謡がよく流れていました。
僕ぁ、その曲を耳の隅っこで聴きながら、ぶーびーを走らせていたのですが。


"…?"

"…この曲、オバァがよく歌っていなかったか?"



伯母さん&かーちゃん
『ああ、そうだね~!!』
『よく歌っていたさ~^^』



懐かしいなぁ。
僕を育ててくれたオバァは、
ラジオから流れる民謡に合わせて、
口ずさみながら家事をしたりしていたっけな。


~で、今回、久しぶりに聴いた、この曲ですが。


当時、子供だった僕には
どんな内容の曲なのか、意味もわからなかったのですが、
今回は、ラジオから流れるその曲に集中していましたよ。



なんかね。



愕然としたんですよ。


まったりとした曲調で流れる その曲は、


「艦砲ぬ喰ぇーぬくさー」

~というタイトルで。
もちろん、方言で歌われています。
意味は、なんとなくですが、


若い頃は、戦の世の中
家も、、親や兄弟も
艦砲射撃の的となってしまった

食べるものでさえ、
艦砲射撃の喰い残しを食べて生きた

あんたも わたしも、
艦砲射撃の喰い残し




…なんて言うか、
戦争から生き残った自分の事を
"艦砲射撃の喰い残し"と表現している事が、
とーーーても胸が痛くなりましてん。









艦砲ぬ喰ぇーぬくさー。
オバァは…

どんな気持ちで、
この曲を口ずさんでいたんだろうか。



=======


僕がまだ子供だった頃、
オバァは、もちろん元気でね。


那覇市には親戚がたくさん住んでいたので、
オバァに連れられて、路線バスに揺られて、
何度も那覇に行ったものです。

~で、
僕とオバァは親戚巡り(笑)をするのですが、
その前に必ず立ち寄るのが、









艦砲ぬ喰ぇーぬくさー。
那覇市にある、公設市場でした。


当時の公設市場は、
現在ほど、観光客の人たちで賑わっているわけでもなく、
地元のオバァ達が露店みたいな形で食べ物を売っていたり、
それを地元の人たちが買い物していた記憶があります。


~で、公設市場。
行くと必ず…だったので、よく覚えているのですが、
オバァは買い物以外にも目的があったようです。



「あい~!!」

「〇〇さん~!!」
「元気ね~?!」



公設市場に行くと必ず、
お店を出しているオバァ達に声をかけられる、
うちのオバァでした。


オバァは、その人達の顔を見る事も、
市場に行く大きな目的のひとつだったんじゃないかなと思います。



当時の僕が、
オバァを見上げて聞いた記憶があります。


"オバァ~"

"なんで、オバァはこんなに有名なの?"




オバァは笑いながら、

「有名じゃないさ~(笑)」

「みんな、戦争の時に知り合った人達なんだよ~^^」

「みんなで助け合いしたんだよ~」

「元気にしているか、オバァは見に来ているわけさ~^^」



=======

~ラジオから流れる、

「艦砲ぬ喰ぇーぬくさー」


清明祭の日に僕が思い出した、
オバァとの記憶です。



僕のオバァも、
戦争を経験した人達も、
今はお墓の中です。


自分の事を
"艦砲ぬ喰ぇーぬくさー"
…と呼んでいた人達が
必死になって繋げてくれた命のおかげで、
僕らは生まれ、生きています。




いや。

生かされているのかもしんないです。





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Posted by つむぎのぱーぱー at 19:06│Comments(4)家族。
この記事へのコメント

■ はちべえ

ぱーぱーさん、こんばんは。お疲れ様です。
今回の記事を読んで一時間ばかし考え込んでいました。
とても哀しい唄なんですね。また、戦争を経験された方々も俺なんかでは想像を絶するくらいに哀しい出来事だったんでしょうね。

ぱーぱーさんのオバァさんは、とても良い笑顔だな。
哀しみを乗り越えた人の笑顔は、とても強くてキレイだな…。
涙出てきました。

ぱーぱーさんや、今を生きる人達を育ててくれた親御さんやご先祖に感謝ですね。
俺もその気持ちを忘れないようにしないとな。
ありがとう。

Posted by はちべえ at 2010年04月21日 20:32

■ ちよ☆

こんばんは☆
戦争はいろいろ考えさせられますね!
忘れたいけど忘れてはいけない事ですね。
私の叔母はひめゆり部隊でした。その叔母の情報で
今度の沖縄戦は酷くなる!と言う事で疎開をすすめられた父は対馬の後の船に乗り無事生き残りました。
戦争から逃げられなかった叔母は戦死しました(:_;)
私にとって自慢の叔母ですとても誇りに思ってます☆ぱーぱーさん!
おばあちゃんに似てると言われませんか(^O^)?
自慢のおばあちゃんですねありがたや♪

Posted by ちよ☆ at 2010年04月21日 21:07

■ tacchutacchu

https://tacchu.ti-da.net/ おはようございます(●^o^●)

この歌
北島角子さんの
一人芝居の代表作
島口説(しまくどぅち)の中で
北島さんが
踊りながら歌っていたのを
鮮明に覚えています

音楽の中
街角の風景の中
いろんなところで
オバアを感じるって
素敵な事ですね!

Posted by tacchutacchu at 2010年04月22日 08:19

■ つむぎのぱーぱーつむぎのぱーぱー

https://tsumugi.ti-da.net/ >はちべえさん

こんばんは!

ホントにね…。僕も愕然としましたさ~。
僕のオバァは、いつも笑っていましたよ~^^
僕らも笑っていないとね。


>ちよ☆さん

こんばんは!
ちよ☆さんの叔母さんやお父さん、ご家族の方々も大変な経験をされていたんですね。
やっぱり、戦争はイヤですね。

僕はオバァと似てますかねぇ…。
躾も厳しくて怖かったですよ~。でも優しかったです^^
今の僕は、オバァと同じ事を、甥っ子たちにしている気がします。


>たっちゅっちゅ~

お。こんばんは!
元気にしてますか^^

北島角子さんの島口説、有名ですよね。
いつか見てみたいさぁ。

うんうん。
いろんなところでオバァを感じます。
オバァっ子ですね、きっと僕は^^

Posted by つむぎのぱーぱーつむぎのぱーぱー at 2010年04月23日 21:47
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