
2007年11月24日
ずんずんずびずび ずびずばー。
今日は、ラジオの話しでもします。
僕がまだ小学生の頃は、"自分の部屋にTV"が置いてある家って、
まだそうそうなかったんじゃないかなぁ…。
もちろん、僕が住んでいた部屋にもTVはありませんでした。
そんな中、どこから耳に入ったのか知らないけど、
「土曜日の深夜にやっている"ご存知!深夜大学"ってのがでぇじ面白いってよ!」
と、多分友達に聞かされたんでしょうね。
その、おマセな友人達ご推薦のその番組を聴きたいために、
小6だった僕は路線バスに揺られて、メイクマンにやってきました。
(当時のメイクマン、今のようにキラキラしてなかったですよー)
そこでお目当ての"トランジスタラジオ 980円"をゲット。
わくわくしながら深夜大学の放送時間を待っていたものです。
当時は僕は、まだまだ子供だったという事もあってか、
子供からすると「鼻血ブー」な展開や「チョチョチョ ギュイーン」って言葉は、
いやぁ、刺激ウケまくりでした。
そんな週末を終えて、週明けの学校では「聞いた聞いた?」「ちょちょちょぎゅいーん!」なんて言葉が飛び交っていたですよ。
現在ではおエライ方になりました、小山康明さんの「ボリボリ鳴らす骨の音」とか。
番組最後に必ず登場する「…あたしの名前は、あ・け・み…」みたいな、ルパンの不二子ちゃん並のお色気な声で、
番組をしめたり。
その中でも、柳卓さんの進行というか、喋りがですね、
当時の"これからワクワクする時代がやってくる少年"達の心をガッチリつかんでいたんだろうなって思います。
確か、どこぞのアナウンサー人気ランキングで写真を見た事あるし、
ちょうど僕は、柳さんと同じ誕生日なので、それだけでも「いーはずー!」と羨ましがられていたくらいで。
深夜大学を聞きながら、少しずつ背が伸びて、
恋なんぞをして。"青春みたいな事"をして。
いつの間にか、その番組は僕の中から遠くなっいってた気がします。
ラジオ番組がリスナーの皆さんに送る役目(といえば大げさかもしれないけど)って、
もしかすると、エンターテイメント性が先に出ているテレビより、
もっとピンポイント…というか、一人一人のリスナーに送られている様な、そんな気がします。
今思うと、良い時代だったんだなぁって思います。
~で、余談ですが。
僕は高校生の頃、放送部に在籍(朗読専門)していまして。
高校を卒業して後、こんな事があったんです。
「今度、普天間高校で、
有名どころのアナウンサーさんが講習会にやって来る」
「現役放送部が対象」
みたいな。
おおー。柳卓も来るのかー!
これでもファンだったわけだし、実物を見てみたいさね。
でも僕は既にOBになっちゃっていたので、
後輩の学ラン借りて、普天間高校言ってきましたさ。
講義室では、柳さんを始め、プロの方々の話が始まったのですが、
抜き打ち(?)で、「ではキミ。これを読んでみなさい」って、
課題として与えられた作品の一節を読まされました(汗)
無事に読み終わって、講義も終わった頃、
柳さんが僕のところにやってきてくれて、
「キミ、うまいね~。アナウンサー目指しているの?^^」
と話しかけてくれて、大きな手で握手してくれたのは、今でも覚えているなぁ。
おっきな人だったなぁ。
そんなんなで僕も社会人になったり、長い間、内地で暮らしたりで、
車から電車通勤に変わって、家ではDVD借りて見たり。
いつの間にか"ラジオ"というものが、過去のものになっていて。
それがですね。
沖縄に戻ってきて、生活の必需品である車を走らせると、
ラジオが流れているわけですよ。
当時はまだ知らなかった、僕にとっては新しいアナウンサーさんや、
もちろん、大ファンだった柳さんも、今でもラジオを通して、僕らに語りかけてきてくれるわけですよ。
嬉しいさ。
もちろん読んでくれないと思いますが、
柳さーん。
あの頃のガキンチョ達は、今こうやって、しっかりウチナンチュしていますよー。
親にも言えない、下の悩みとか、聞いてくれてありがとうございました。
頼れるにーちゃんみたいでしたよ。
こうやって時代がどんどん変わっていっても、
こうやって、昔を思い出させてくれるものがあるって、
とても安心させられるし、癒されますね。
ずっと沖縄にいてくださいね。
僕がまだ小学生の頃は、"自分の部屋にTV"が置いてある家って、
まだそうそうなかったんじゃないかなぁ…。
もちろん、僕が住んでいた部屋にもTVはありませんでした。
そんな中、どこから耳に入ったのか知らないけど、
「土曜日の深夜にやっている"ご存知!深夜大学"ってのがでぇじ面白いってよ!」
と、多分友達に聞かされたんでしょうね。
その、おマセな友人達ご推薦のその番組を聴きたいために、
小6だった僕は路線バスに揺られて、メイクマンにやってきました。
(当時のメイクマン、今のようにキラキラしてなかったですよー)
そこでお目当ての"トランジスタラジオ 980円"をゲット。
わくわくしながら深夜大学の放送時間を待っていたものです。
当時は僕は、まだまだ子供だったという事もあってか、
子供からすると「鼻血ブー」な展開や「チョチョチョ ギュイーン」って言葉は、
いやぁ、刺激ウケまくりでした。
そんな週末を終えて、週明けの学校では「聞いた聞いた?」「ちょちょちょぎゅいーん!」なんて言葉が飛び交っていたですよ。
現在ではおエライ方になりました、小山康明さんの「ボリボリ鳴らす骨の音」とか。
番組最後に必ず登場する「…あたしの名前は、あ・け・み…」みたいな、ルパンの不二子ちゃん並のお色気な声で、
番組をしめたり。
その中でも、柳卓さんの進行というか、喋りがですね、
当時の"これからワクワクする時代がやってくる少年"達の心をガッチリつかんでいたんだろうなって思います。
確か、どこぞのアナウンサー人気ランキングで写真を見た事あるし、
ちょうど僕は、柳さんと同じ誕生日なので、それだけでも「いーはずー!」と羨ましがられていたくらいで。
深夜大学を聞きながら、少しずつ背が伸びて、
恋なんぞをして。"青春みたいな事"をして。
いつの間にか、その番組は僕の中から遠くなっいってた気がします。
ラジオ番組がリスナーの皆さんに送る役目(といえば大げさかもしれないけど)って、
もしかすると、エンターテイメント性が先に出ているテレビより、
もっとピンポイント…というか、一人一人のリスナーに送られている様な、そんな気がします。
今思うと、良い時代だったんだなぁって思います。
~で、余談ですが。
僕は高校生の頃、放送部に在籍(朗読専門)していまして。
高校を卒業して後、こんな事があったんです。
「今度、普天間高校で、
有名どころのアナウンサーさんが講習会にやって来る」
「現役放送部が対象」
みたいな。
おおー。柳卓も来るのかー!
これでもファンだったわけだし、実物を見てみたいさね。
でも僕は既にOBになっちゃっていたので、
後輩の学ラン借りて、普天間高校言ってきましたさ。
講義室では、柳さんを始め、プロの方々の話が始まったのですが、
抜き打ち(?)で、「ではキミ。これを読んでみなさい」って、
課題として与えられた作品の一節を読まされました(汗)
無事に読み終わって、講義も終わった頃、
柳さんが僕のところにやってきてくれて、
「キミ、うまいね~。アナウンサー目指しているの?^^」
と話しかけてくれて、大きな手で握手してくれたのは、今でも覚えているなぁ。
おっきな人だったなぁ。
そんなんなで僕も社会人になったり、長い間、内地で暮らしたりで、
車から電車通勤に変わって、家ではDVD借りて見たり。
いつの間にか"ラジオ"というものが、過去のものになっていて。
それがですね。
沖縄に戻ってきて、生活の必需品である車を走らせると、
ラジオが流れているわけですよ。
当時はまだ知らなかった、僕にとっては新しいアナウンサーさんや、
もちろん、大ファンだった柳さんも、今でもラジオを通して、僕らに語りかけてきてくれるわけですよ。
嬉しいさ。
もちろん読んでくれないと思いますが、
柳さーん。
あの頃のガキンチョ達は、今こうやって、しっかりウチナンチュしていますよー。
親にも言えない、下の悩みとか、聞いてくれてありがとうございました。
頼れるにーちゃんみたいでしたよ。
こうやって時代がどんどん変わっていっても、
こうやって、昔を思い出させてくれるものがあるって、
とても安心させられるし、癒されますね。
ずっと沖縄にいてくださいね。
Posted by つむぎのぱーぱー at 07:03│Comments(0)
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