てぃーだブログ › つむぎ de ぶろぐ。 › 2007年11月24日

2007年11月24日

親父の一番長い日。

今朝は暑いくらいの陽気でしたが、
陽が落ちるとやっぱり肌寒くなりますね。

冬なんだなぁ…。

そんな僕は、今、半袖に半パンにサンダルで行動しています。



今日は、つむぎさんを朝一番で病院に連れていって、
下痢止めの注射と整腸剤を頂いて帰ったわけですが。




まるで食欲がありません。
整腸剤をヨーグルトに混ぜて、それだけはやっと食べてくれました。

水だけは飲んでくれたのですが。



それから午後になって、
様子がおかしいです。



僕は、昔にそういう関係の仕事をしていた事もあって、


「…?
まさか、低血糖おこしてないよな…(汗)」




前に、
一緒に暮らしていたワンコロを亡くした経緯があるので、
その経験が一番強いと思うのですが、
僕は一気にフルスロットルです。




独りでアタフタするだけは嫌なので、
動物病院に電話して、本日二度目の受診となりました。


獣医さんと相談した結果、
やはり、つむぎさんはまだまだ仔犬の身体なので、
念の為を考え、入院となりました。



つむぎさんの小さな白い前足から管を入れて、
輸液を開始する事になりました。

白い前足に、血がにじみました。



頑張れ頑張れ。
痛くない痛くない。



入院室で不安そうに僕を見ているつむぎさんに、





「つむぎ、大丈夫だからな。
お利口さんにしとけよ」




そう言って、僕は入院手続きを済ませて、
動物病院を出ました。





つむぎー。
パーパーが守ってるからな。



退院したら、また散歩に行こうな。
ドッグランも行こうな。



いつもみたいに、たくさん走ろうな。







病院を出て後は、


神社に向かって、お参りをして、


神社を出て後は、
以前に一緒に暮らしていた子に会いに、
その子の眠るお墓に行って、たくさん話しをして、
お願い事をしました。




オマエの力を貸してくれないか。








神様がいるのだとしたら、



頼むから、俺の先に
もう誰も連れていかないでくれ。

連れてくなら、俺を連れてってくれ。



つむぎは絶対に渡さないです。




  

Posted by つむぎのぱーぱー at 17:08Comments(7)

2007年11月24日

朝一番に病院へ。

おはようございます。
天気のいい日ですね。



昨晩は、つむぎさんを散歩に連れていったところ、
水鉄砲の様な勢いの下痢ピーを2回。


あちゃ~…。
どうかしたのかなぁ。


様子を見ながら、つむぎさんの晩御飯。
いつもどおりに食べて、いつも通りに遊んで。


少し安心していたのですが、
深夜、水鉄砲の様な勢いの下痢を2回。
それと、晩御飯食べた分を嘔吐。



んなわけで、
朝一番で、かかり付けの動物病院行ってきましたですよ。


ウンチは血液が混じっている様子でもなく、
寄生虫等も特に見られないとの事でした。
また、善玉菌と悪玉菌のバランスが崩れ気味との事で、
下痢止めの注射を打ってもらって、整腸剤を処方してもらいました。


つむぎさん、病院では大人しく診察受けてくれるのですが、
先生の持つ、注射のシリンジを見た瞬間、
ビビッて僕の腋の下に顔突っ込んでましたよ(笑)


いつもはベタベタしてこないつむぎさんですが、
甘えてんのか、今日はいつもよりくっついて来ます。
子供みたいだな(子供だけど)。


今日はのんびりしようか。





受付のニャーニャーさん。  

Posted by つむぎのぱーぱー at 10:41Comments(4)

2007年11月24日

ずんずんずびずび ずびずばー。

今日は、ラジオの話しでもします。



僕がまだ小学生の頃は、"自分の部屋にTV"が置いてある家って、
まだそうそうなかったんじゃないかなぁ…。
もちろん、僕が住んでいた部屋にもTVはありませんでした。


そんな中、どこから耳に入ったのか知らないけど、
「土曜日の深夜にやっている"ご存知!深夜大学"ってのがでぇじ面白いってよ!」
と、多分友達に聞かされたんでしょうね。

その、おマセな友人達ご推薦のその番組を聴きたいために、
小6だった僕は路線バスに揺られて、メイクマンにやってきました。
(当時のメイクマン、今のようにキラキラしてなかったですよー)

そこでお目当ての"トランジスタラジオ 980円"をゲット。

わくわくしながら深夜大学の放送時間を待っていたものです。

当時は僕は、まだまだ子供だったという事もあってか、
子供からすると「鼻血ブー」な展開や「チョチョチョ ギュイーン」って言葉は、
いやぁ、刺激ウケまくりでした。
そんな週末を終えて、週明けの学校では「聞いた聞いた?」「ちょちょちょぎゅいーん!」なんて言葉が飛び交っていたですよ。
現在ではおエライ方になりました、小山康明さんの「ボリボリ鳴らす骨の音」とか。
番組最後に必ず登場する「…あたしの名前は、あ・け・み…」みたいな、ルパンの不二子ちゃん並のお色気な声で、
番組をしめたり。

その中でも、柳卓さんの進行というか、喋りがですね、
当時の"これからワクワクする時代がやってくる少年"達の心をガッチリつかんでいたんだろうなって思います。
確か、どこぞのアナウンサー人気ランキングで写真を見た事あるし、
ちょうど僕は、柳さんと同じ誕生日なので、それだけでも「いーはずー!」と羨ましがられていたくらいで。

深夜大学を聞きながら、少しずつ背が伸びて、
恋なんぞをして。"青春みたいな事"をして。
いつの間にか、その番組は僕の中から遠くなっいってた気がします。

ラジオ番組がリスナーの皆さんに送る役目(といえば大げさかもしれないけど)って、
もしかすると、エンターテイメント性が先に出ているテレビより、
もっとピンポイント…というか、一人一人のリスナーに送られている様な、そんな気がします。
今思うと、良い時代だったんだなぁって思います。


~で、余談ですが。
僕は高校生の頃、放送部に在籍(朗読専門)していまして。
高校を卒業して後、こんな事があったんです。

「今度、普天間高校で、
有名どころのアナウンサーさんが講習会にやって来る」
「現役放送部が対象」
みたいな。

おおー。柳卓も来るのかー!
これでもファンだったわけだし、実物を見てみたいさね。
でも僕は既にOBになっちゃっていたので、
後輩の学ラン借りて、普天間高校言ってきましたさ。

講義室では、柳さんを始め、プロの方々の話が始まったのですが、
抜き打ち(?)で、「ではキミ。これを読んでみなさい」って、
課題として与えられた作品の一節を読まされました(汗)

無事に読み終わって、講義も終わった頃、
柳さんが僕のところにやってきてくれて、
「キミ、うまいね~。アナウンサー目指しているの?^^」
と話しかけてくれて、大きな手で握手してくれたのは、今でも覚えているなぁ。
おっきな人だったなぁ。

そんなんなで僕も社会人になったり、長い間、内地で暮らしたりで、
車から電車通勤に変わって、家ではDVD借りて見たり。
いつの間にか"ラジオ"というものが、過去のものになっていて。


それがですね。
沖縄に戻ってきて、生活の必需品である車を走らせると、
ラジオが流れているわけですよ。

当時はまだ知らなかった、僕にとっては新しいアナウンサーさんや、
もちろん、大ファンだった柳さんも、今でもラジオを通して、僕らに語りかけてきてくれるわけですよ。

嬉しいさ。




もちろん読んでくれないと思いますが、

柳さーん。
あの頃のガキンチョ達は、今こうやって、しっかりウチナンチュしていますよー。
親にも言えない、下の悩みとか、聞いてくれてありがとうございました。
頼れるにーちゃんみたいでしたよ。

こうやって時代がどんどん変わっていっても、
こうやって、昔を思い出させてくれるものがあるって、
とても安心させられるし、癒されますね。


ずっと沖縄にいてくださいね。  

Posted by つむぎのぱーぱー at 07:03Comments(0)